KAIDO
日本一と呼ばれる布団職人・新貝晃一郎の木綿布団。宿の約束は「一晩の眠り」、ただひとつ。
My WayInside the Ryokan

興津宿・清々庵momen。十年待ちの布団で、眠るためだけの宿。

日本一と呼ばれる布団職人・新貝晃一郎の木綿布団。宿の約束は「一晩の眠り」、ただひとつ。

興津は、ずいぶん前から「休ませる」ことを生業にしてきた町だ。旧東海道の宿場であり、薩埵峠の東麓の湊町であり、明治には日本でいちばん忙しい人たちが東京から静養に来る土地になった。最後の元老・西園寺公望が海辺の別邸「坐漁荘」を構えたのも、この興津である。つまり、疲れた人を眠らせることが、いちばん古い仕事の町なのだ。

清々庵momenは、興津駅から歩いて二分、黄色い木綿ののれんの奥にある。名前がすべてを言い当てている。momen=木綿。この宿は、たったひとつの約束のまわりに組み立てられている——日本一と呼ばれる興津の布団職人・新貝晃一郎の布団で眠る一晩、である。注文すれば十年待ちといわれる天然木綿100%の手仕事の布団。実は多くの日本人も、本物には一度も寝たことがない。

momenの畳に置かれた木綿布団
畳の上の木綿布団。多くの旅人が、本物に寝るのはこの夜が初めてになる。

KAI堂の牧田裕介がこの宿を計画したとき、方法は「引き算」だった。宿泊業の多くは足し算で競う。設備を増やし、サービスを増やし、写真映えを増やす。momenは逆に削っていく。黒い木の空間、畳、低くあたたかい照明。そして真ん中に、布団。理屈は単純だ。ひとつのことを完全にやれるなら、十のことを中途半端にやる必要はない。そして宿場町がいちばんよく知っているのは、旅人の深い眠りなのだ。

夜の清々庵momenの庭と行灯
夜、momenへ続く庭の飛び石。JR興津駅から徒歩2分。

この組み合わせは、客のためであると同時に、職人の仕事のためでもある。十年待ちの布団は、注文する前に試すことがほとんどできない。momenでは、誰でもその仕事の中で一晩を過ごせる。宿泊客のおよそ六割は海外からの旅人だから、興津からめったに出ない手仕事が、世界の旅人と一晩ずつ出会っていくことになる。木綿の眠りは羽毛とは違う。重みがあり、体に沿って沈み、呼吸する。横になった瞬間と、翌朝に、その違いに気づく人が多い。

かつて元老を休ませた町で、宿はいちばん純粋なかたちの「休ませる」を差し出す。清々庵momenの建物と空室状況はこちら。グループでの滞在は、隣のanco棟との両棟貸切もできる。

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