KAIDO
町内会の名は、いまも「伝馬」。1955年築の木造家屋が、この秋、宿場の仕事を再開する。
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江尻宿・TENMA Ejiri。馬のかわりに自転車を迎える、宿場の宿。

町内会の名は、いまも「伝馬」。1955年築の木造家屋が、この秋、宿場の仕事を再開する。

清水の中心、駅から歩いて七分の一角に、古い言葉を名乗りつづける町内がある。「伝馬」。ここは東海道の宿場・江尻宿だった。伝馬とは、街道全体を動かしていた仕組みのことだ。各宿場が馬を備え、疲れた馬を受け入れて休ませ、新しい馬で旅人を次の宿場へ送り出す。町の仕事を煮詰めれば、迎える・休ませる・送り出す。四百年たったいまも、この通りの町内会は「伝馬1組」として登録されている。

この秋開業するTENMA Ejiriは、その古い言葉をそのまま受け取った宿だ。建物は1955年築の木造二階建て。文化財ではない。日本中で年に何千と壊されていく、正直な戦後の家である。興津と蒲原で町家の宿を営んできた清水の会社・KAI堂は、この家に「町の古い仕事」を返すことを選んだ。現代の街道の馬は、自転車だ。だから一階の土間はガラス張りのサイクルガレージになった。旅の相棒は通りから見える場所で灯りに照らされて立ち、あなたは二階で眠る。

TENMA Ejiriの内観イメージ
客室の完成イメージ(CG)。2026年秋の開業後、実写に差し替わる予定。

かたちは簡潔だ。一日ひと組、一棟貸切、定員四名。ガレージにはフロアポンプと簡易工具。徒歩三分には地域の自転車店があり、無料のレンタサイクルも計画中——列車で着いて「一日だけ走りたい」旅人にも、この家は同じように働く。ここから旧街道はどの方向にも開けている。港の魚市場、湾の向こうの三保松原、海沿いを北へ走れば、広重が富士を描いた薩埵峠。

TENMA Ejiriは、KAI堂が東海道沿いに開く宿のいちばん新しい一棟であり、すべての宿に通じる方法をいちばん素直に言い表した一棟でもある。町がかつてしていた仕事を見つけて、立ちつづける理由を必要としている建物に返すこと。蒲原では表具師のアトリエが「泊まれる美術館」になり、興津では布団職人の仕事が宿の存在理由そのものになった。そして馬の名を持つ江尻の町内に、ふたたび「馬」がやってくる——今度は二つの車輪で。

迎える、休ませる、送り出す。開業は2026年秋。TENMA Ejiriの建物と開業情報はこちら

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