まず、音が変わる。山の反対側、幹線道路のほうでは、車が速度を落とすことなく現代のトンネルを抜けていく。けれど宇津ノ谷という小さな集落へ折れると、ほんの数歩で車の音が薄れ、代わりに石の側溝を流れる水の音、自分の足音、そしてまだ姿の見えない鳥の声が、坂の上のどこかから届く。道——大名行列や巡礼が江戸と京のあいだを行き交った、あの本物の旧東海道は、ここで二人がやっとすれ違えるほどの細い山道になる。

ここが宇津ノ谷峠。今の静岡県、丸子宿と岡部宿のあいだにある、低い山越えの道だ。五十三次という大きな地図の上では、ほんの小さなしわにすぎない。けれど歩いてみると、東海道がかつて何であったかを、いまも肌で感じさせてくれる場所のひとつだと分かる。車のためではなく、人の体のためにつくられた、歩く道だ。

道より古い道

旅人がこの山を越えていたのは、東海道が江戸時代に整えられるよりずっと前のことだ。すぐ近くには、もっと細く、もっと古い「蔦の細道」がある。平安の昔の文学にも登場する道で、宇津の山を越えるとは、薄暗がりのなか蔦をかき分けて進むことを意味した。宮廷の歌人たちは、その心細さを歌に詠んだ。木々の合間に茶畑が見える明るい朝には、その不安を想像するのは難しい。それでも土地は覚えている。峠とは昔から、開けた海沿いの平野が閉じ、旅人がひとり山と向き合う、旅のなかのその瞬間だった。

登り口の集落は、その不安に応えるように育った。宇津ノ谷の家々は斜面に肩を寄せ合って建ち、木の正面を道に向けている。多くの家には、代々受け継いできた古い屋号が今も掲げられている。何百年ものあいだ、この村は旅人にひとつの安心を売ってきた。串に刺した十個の小さな団子だ。この山で化け物を退治した僧の伝説にちなみ、十個の団子を食べれば無事に越えられる、と語り継がれてきた。愛らしい話だが、山越えを前にした人々の空腹と不安こそが暮らしのすべてだった集落にとって、これ以上なく理にかなった商いでもあった。

四つのトンネル、一本の道

宇津ノ谷を特別にしているのは、歩く時代が終わったあとに起きたことだ。明治になると、日本でも早い時期の近代トンネルのひとつがこの山に掘られ、車がその登りを省けるようになった。煉瓦で内張りされたその隧道は今も歩いて通ることができ、夏でもひんやりと涼しく、ランプの灯りに照らされ、文化財として守られている。やがて大正のトンネルが自動車の時代のために掘られ、次に昭和のものが、そして平成のものが続いて、今日の国道を通している。

四つの時代。山を無用のものにしようとした、四度の試み。それでも山頂を越える最初の一本の道は、ついに消されなかった。四つのトンネルすべての上に、その道は署名のように残り、代替わりのたびに連署され続けてきた。峠に立てば——森のなかのささやかな鞍部で、着実に登ればおよそ三、四十分で着く——技術者たちが百五十年ものあいだ、丁重に迂回し続けてきた一本の線の上を、あなたは歩いていることになる。

そこには、静かに教えてくれるものがある。どのトンネルも、越えるのを速くした。けれど、越えることそのものを良くしたものは、ひとつもない。速さと意味は、まったく別の仕事だったのだ。

いま、歩く

静岡側の丸子から藤枝側の岡部まで、峠越えのすべては、途中で立ち寄りながらゆっくり半日ほど。そしてその「立ち寄り」こそが、旅の眼目だ。丸子宿は今もとろろ汁で名高い。麦飯にすりおろした山芋をかけたその一杯は、広重が宿場の版画に描き、芭蕉も句に詠んだ、まさにその料理であり、四百年以上にわたってここで歩く者の腹を満たしてきた。反対側の岡部には、堂々とした古い旅籠が残る。黒ずんだ梁と急な階段が、こうした峠を越えたあと江戸時代の旅人がどこで眠ったのかを、体で感じさせてくれる。

その二つのあいだに、集落があり、登りがあり、峠があり、下りがある。一時間の森。入場門も行列もない。あるのは、日本でいちばん古い種類の社会基盤だ。手入れされた一本の道と、誰かがそこを歩くだろうという、静かな前提。

問いとしての峠

どの世代も、自分たちのトンネルを掘った。どの世代にも、急いで行くべき場所があったからだ。それでいい——私たちにも、それはある。それでも宇津ノ谷を越える山道が残っているのは、そのどの世代にも、遅い道を残す価値があると考えた人が、じゅうぶんにいたからだ。歩けば、その人たちの選択を、あなたは自分の足で受け継ぐことになる。

KAIDOは、こうして残された旧街道の一区間をめぐる旅を組み立てている。一方の端でしっかりとした食事を、もう一方の端で静かな宿を——朝のうちに越えられる、そんな峠越えだ。宇津ノ谷が、自分の道のいちばん近くにある峠はどこだろう、と思わせてくれたなら、その問いこそが始まりだ。あなたにとって、道とは何だろう。正直な答えは、ときにこうかもしれない——四つのトンネルが越えられなかった山を、一時間、歩いて越えること。